2009年01月06日
デリバティブ取引の歴史について
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日経225オプション取引は、日経平均株価を原資産として行うオプション取引であり、大阪証券取引所に上場されています。
日経225先物取引と並んで日本の代表的なデリバティブ取引で、国内で最も取引が活発なオプション取引です。
デリバティブ取引を世界で初めて行ったのは日本だと言われています。
1730年八代将軍徳川吉宗の時代、大岡越前守が大阪堂島米会所に米の先物取引を許可しました。
これが世界で最初の公設先物市場の誕生だと言われています。
それより前に、ベルギーのアントワープで1531年に開設された取引所がありましたが、そこが先渡し取引市場であったのに対して、大阪堂島の米会所取引は先物取引の市場でした。
そのことから現代の先物市場の基本となる仕組みが整えられた政界で最初の先物取引は堂島米会所ということになるのです。
また、1848年設立のアメリカ・シカゴ商品取引所は、大阪堂島米会所にならって設立されたと言われています。
明治時代に入ると、幕府の崩壊とともに大阪堂島米会所は廃止となりましたが、堂島米穀取引所として再度設立されました。
しかし米の先物取引は第二次世界大戦での米流通の統制に伴い1939年に廃止となりました。
その後、終戦後の商品取引所公布を受けて、1950年に現在の中部大阪商品取引所である大阪化学繊維取引所を皮切りとして商品先物取引が再開しました。
ですが、米の先物取引は今現在でも行われていません。


